2011-03-16 明治の国語と、目と声のことば 国語科というのは、 明治に入り、しばらくしてから、 取り入れられた。 ただ、当初は、 何を教えて良いのか分からず、 祝詞(のりと)が教えられたそうである。 正岡子規は、 教えている人は、神主(かんぬし)だと思っていたほどだ。 「この国のかたち」(言語についての感想(三)(司馬遼太郎)より要約 「嘆異抄」は目で読むより、 声を出して読むと、文字が息づく。 円朝、泉鏡花、中里介山、吉川英治の 作品も同様である。 同(四)