翻訳の小説を読んで「良いなぁ」と思っても、
「でも、翻訳だよなぁ」という気分が残る。
文化について語られているので、
やや曲解しているかも知れないけれど、
この文を読むと、救われた気がする。
これは、逆説と言えるか?
「文学は翻訳で読み、音楽はレコードで聞き、絵は複製で見る。
誰もかれもが、そうして来たのだ、少なくとも、凡そ近代芸術
に関する僕等の最初の開眼は、そういう経験によってなされた
のである。
翻訳文化という軽蔑的な言葉が屢々(しばしば)人の口に上る。
尤もな言い分であるが、尤も過ぎれば嘘になる。近代の日本文
化が翻訳文化であるということと、僕等の喜びも悲しみもその
中にしかあり得なかったし、現在も未だないという事とは違う
のである。
どの様な事態であれ、文化の現実の事態というものは、僕等に
とって問題であり課題であるより先きに、僕等が生きる為に、
あれこれの退っ引きならぬ形で与えられた食糧である。
誰も、或る一種名伏し難いものを糧として生きて来たのであって、
翻訳文化というような一概念を食って生きてきた訳ではない。」