シェアについて


これから、ものごとを、
シェアする機会が増えると思う。


情報、ソフトウェア、クルマ、新エネルギー、
いま思い付いただけでも、これだけある。


従来のように、一方的に、ものごとが流通していた時代は、
供給側(企業)による安心感が大切だったけれど、


これからの「シェア時代」は、むしろ、ユーザーどうしの、
コトバや情報を通じた信頼感が、重要になると思うな。


ところで、西欧では、不治の病に陥った人に病名を告知するが、
日本では、まだ一般的ではない。


その背景には、日本では、告知されることにより、
家族や友人との関係性が切り捨てられてしまうからだ、という説がある。


ま、この例は極端だけれど、僕たちは、しゃべらないことで、
あいまいに、つながっている感覚がある、、、よね?


そうすると、シェアするための情報やコトバの大切さと、
沈黙の持つ意味を、どう折り合いを付けていけば良いのかという
問題提起。