和風は河谷いっぱいに吹く

宮沢賢治の「ひかりの素足」という短編がある。
イメージのすごさに驚いた記憶がある。
(東北人だけあって、ナラやブナがよく出てくる)


詩も、やはり良いみたい。
こういう詩がある。東北の財産だよ。


ああ
南からまた西南から
和風は河谷いっぱいに吹いて
汗にまみれたシャツも乾けば
熟した額やまぶたも冷える
起きあがったいちめんの稲穂を波立て
葉ごとの暗い露を落として
和風は河谷いっぱいに吹く
あらゆる辛苦の結果から
七月は稲をよく分蘗し
豊かな秋を示していたが
この八月のなかばのうちに
十二の赤い朝焼けと
湿度九十の六日を数へ
茎旱弱く徒長して
穂も出し花もつけながら
つひに昨日のはげしい雨に
次から次と倒れてしまひ
ここには雨のしぶきのなかに
ともらうようなつめたい露が
倒れた稲を被っていた
その十に一つもなかろうと思った
不良な条件をみんな被って
予期したいちばん悪い結果を見せたのち
こんどはもはや
十に一つも起きれまいと思っていたものが
わづかの苗のつくり方のちがひや
燐酸のやり方のために
今日はそろってみな起きている
しかもわたくしは予期していたので
やがての直りを云はうとして
きみの形を求めたけれど
きみはわたくしの姿をさけ
雨はいよいよ降りつのり
遂にはここも水でいっぱい
晴れそうなけはひもなかったので
わたくしはたうとう気狂ひのように
あの雨のなかへ飛び出し
測候所へも電話をかけ
村から村をたづねてあるき
声さえ涸れて
凄まじい稲光りのなかを
夜明けて家に帰って来た。
けれどもそうして遂に睡らなかった
そうしてどうだ
今朝黄金の薔薇東はひらけ
雲ののろしはつぎつぎのぼり
高圧線もごうごう鳴れば
澱んだ霧もはるかに翔けて
とうとう稲は起きた
まったくの生きもの
まったくの精巧な機械
稲がそろって起きてゐる
雨のあひだまってゐた穎(のぎ)は
いま小さな白い花をひらめかし
しづかな飴いろの日だまりの上を
赤いとんぼもすうすう飛ぶ
ああわれわれはこどものように
踊っても踊っても尚足りない
もうこの次に倒れても
稲は断じてまた起きる
今年のかういう湿潤さでも
なほもかうだとするならば
もう村ごとの反当に
四石の稲はかならずとれる
森で埋めた地平線から
青くかがやく死火山列から
風はいちめん稲田をわたり
また栗の葉をかがやかし
いまさわさやかな蒸散と
透明な汁液の移転
ああわれわれは曠野のなかに
蘆とも見えるまで逞しくさやぐ稲田のなかに
素朴なむかしの神々のように
べんぶしてもべんぶしても足りない


和風は河谷いっぱいに吹く
宮澤賢治