明治の国語と、目と声のことば


国語科というのは、
明治に入り、しばらくしてから、
取り入れられた。


ただ、当初は、
何を教えて良いのか分からず、
祝詞(のりと)が教えられたそうである。


正岡子規は、
教えている人は、神主(かんぬし)だと思っていたほどだ。


「この国のかたち」(言語についての感想(三)(司馬遼太郎)より要約


「嘆異抄」は目で読むより、
声を出して読むと、文字が息づく。


円朝泉鏡花中里介山吉川英治
作品も同様である。


同(四)