「アメリカ素描」と「人間の集団について」


司馬遼太郎は、「アメリカ素描」のあとがきで、
文明と文化について、4つの作品で著したと、おっしゃっている。


アメリカ素描」「長安から北京へ」「人間の集団について」
街道をゆくー南蛮の道」である。


「ロシアについて」という、すごい著作が入っていないのは、
本書が、このあとがきが書かれた後に出版されたからである、
と、僕は推測している。


それは、さておき、司馬さんの上げた4つのうち
アメリカ素描」「人間の集団について」は、読了している。


この2つの著作には、司馬さんの創作上の方法論や、
(僕の職業上の立場からすれば)ノウハウというべきもものが、
述べられている。


少なくとも、僕は、同氏の小説に、
このようなことが書かれている記憶を持たない。


アメリカ素描」から、2つの文を引用させていただこう


「アジアについてだが、
その姿が見えてくるためには幾筋かの光線が必要で、
その照明具の据え付け場所のひとつは、アジアそのものではなく、
存外欧米だということである。(中略)
たとえば私のような者でも、日本史を考えるときも、
心理的に「欧米」の白地図を置いているらしい。
その「欧米」は、手づくりのものしかも概念的なもので、
実在の欧米ではない(実在の欧米は、照明具として役には立たない)」


「その国を見るには、まず原形(あるいは原質)をとりだして、
 現状と照合するのが、作業の諸段階だと私は思っている」


「人間の集団について」の中では、取材内容を理解できない(というか、
取材の主題に対して、かなり先入観があった)インタビューイーに対し、
言い方をかえて、取材の主題に近づこうとする箇所がある。
こちらは、当方の取材の今後の課題にしてみたい。