「先入観」と「早呑込み」の排除


丸山真男の『「文明之概論」を読む』(岩波新書)では、
古典を読む際の心構えが記されている。


「先入観」と「早呑込み」の排除である。
抜粋させて頂こう。




福沢から一例をとれば、彼は「愚民観」を脱しなかったので、
民主主義として不徹底だった、というようなイメージです。


そういうイメージは流通度に比例して手垢がついて、
正体不明の言語をかかえこむようになります。


ですから、あなたのいう「民主主義」とは何か、
愚民観の「観」とは何を指すのか、というように問い返すと、
大抵は明確に定義を下すことなしに自分の思いこみを対象に
投影していることがわかります(P13)




さて、古典を読み際に、先入見とならんで最大の敵は
「早呑込み」の理解です。(そうして多くの場合、早呑込みは
先入見と結びついてしまいます。)


その意味では、一をきいて十を知るという私たち日本人の
冠たるカンのよさは、古典とじっくり対面する場合はには
かえってマイナスに働くことがすくなくありません。


ある命題に出会うと、すぐ連想が働いて、ああ、例のあれだな、
と早合点し、あるいはその命題の提出者の心事に憶測を働かせて、
奴は結局ここを狙っていつなという風に、一か二のあたりでもう
十の見当をつけてしまいます(P17)