陸(杵屋勝久)

渋江抽斎」は終わりに近づくにつれ、
抽斎没後の周囲の人の様子が、やや事務的に書かれ、
読むのが辛くなってくるのだが、


本書の締めくくりに、ある程度ページを割いて書かれた
抽斎の娘、陸(くが)の記述になると、かなり面白くなってくる。


渋江家は、先祖より津軽藩の藩医をやっていた家系である。
しかし、封建社会が終わり、明治の世となり、
陸は東京・本所で敷地を借りて、しばらく砂糖売りをやっていた。


本書によると、三遊亭円朝は、寄席の枕で陸のことを引き合いに出し、
「この頃、御大家のお譲様はお砂糖売りをお始めになって、
 ことの外、御繁盛だと申すことでございます」と言っていたという。


その後、陸は長唄の師匠となり、杵屋勝久の芸名を持つ人となった。
砂糖売りの土地を貸してくれていた人が、陸の長唄のうまさに驚嘆し、
勧めたのが、きっかけであった。


ちなみに、陸は幼い頃、長唄だけでなく、琴や踊りを教わり、
遠州流の生花を学び、碁や将棋、なぎなたを母に教わった人だ。
師匠が「勝久は学者だ」と雑誌で書いたほど、教養もあったという。


陸こと、勝久は、杵屋流家元の難渋を取りまとめた人でもある。
この辺の立ち回りは、読んでいて、父・渋江抽斎のたたずまいの良さ、
任侠に富んだ母・五百のことが思い浮かぶ。


鴎外が親愛の情を抱くように、
抽斎もまた医者であり、官吏であり、考証家であった。
さらに「劇神仙」の号を受けた程の芸術批評家でもあった。
果たして、陸は抽斎の芸好きの部分を引き継いだのだろうか。