団子坂の長州隊

文京区の団子坂には愛着があるので、
いろいろな含蓄を言いたくなってしまうが、


ここでは、「花神」を読了したこともあり、
維新前夜の上野戦争について触れてみたい。


言うまでもなく、
上野戦争は、寛永寺に篭った彰義隊と、
薩長を中心とした官軍の戦いである。


当時の寛永寺の敷地は、
現在の国立博物館や上野公園を含む
上野の山一帯にあった。


この広大な土地に侵攻するために、
薩摩藩部隊は、今日の松坂屋方面から、
長州藩部隊は、団子坂方面から突入した。


ユニークなのは、
長州隊は、新式のスナイドル銃300梃を手渡され、
実戦にのぞんだのだが、使い方が分からない。


で、窮地に追いやられた同隊は、
加賀藩内の育徳園(現・三四郎池)まで引き下がり、
そこで使い方を教授され、また当地に赴いたという。


団子坂から上野の山へ行き、引き返して三四郎池に。
そして、また上野の山へ向かう。実際に、歩いてみれば、
かなりの時間と体力を要するに違いない。江戸時代の人は健脚でしたなぁ。


ちなみに、mapionの「距離測」で
長州隊の足取りを追ってみると、走行距離7.5km、
一人あたりの消費カロリーは、500kcal(おにぎり3個分)である。